プロが自らパントマイマーと名乗らないたった1つの理由

パントマイマー?

『パントマイムをやってる人のことをなんて呼んでます?』この質問に多くの人は『パントマイマー?』と答えると思います。でも、自らをパントマイマーと名乗るプロはほとんどいません。なぜでしょう?

ぼくはいつも自分のことを説明するときになんと自称したらいいのか悩みます。 “パントマイマー”が一番しっくりきてるのですが、英語的には誤用らしいのです。

パントマイマーは誤用?

英語ではpantomimerとは言いません。あえてカタカナで書きますが、パントマイムアーティスト、パントマイミストが正しいのです。

パントマイマーは、誤りです

そんな「母ちゃん、じつは男なんだ」みたいな話を聞かされても信じられない。今までふつうに使ってきたのに…というあなたの気持ちはよくわかります。
ぼくもパントマイマーが誤用とは知らずに使ってたので、最初は「ウソだろ…?」と信じられませんでした。が、コレどうやら本当らしいのです。

はじめてこのことを知ったのは10年ほど前でした。Webサイトの記事で知ったのです。

以下、引用します。

ところで、日本でよく表記されている「パントマイマー」というのは、英語では言いません。ギターを弾く人を「ギタラー」と言わないのと同じですね。日本ではなし崩し的に「パントマイマー」が使われ、もう和製英語と言っていいかもしれませんが。

(中略)

一方、「マイマー」というのは、上にもちょっと書いていますが、英語としては完全に正しいです。 では、「マイミスト」はどうかというと、英語では言わないようです。これは、語呂がよいもんで、ときどき僕は口にしてしまうのですが・・・。

んー、ややこしい。

パントマイム←→マイム? — 呼び方について

さて、では今回改めてこれを検証します。

かなり長いので、覚悟してください笑”

-erと-istの違い

そもそも-erと-istの違いはなんなのだろうと思い調べてみました。

結論から言うと、
動詞には-erがつき
名詞には-istがつく
傾向があるとわかりました。

動詞につく-erを考えてみます。

  • smoker
  • runner
  • speaker
  • writer

などなど。なるほど、これは納得です。シンプルに動作する人ですね。

でも、じゃぁ職業を表すには?

ここで一つ仮説をたててみます。「プロ」をつければわかりやすいんじゃねぇの、と。プロレスラー、プロジャグラー、プロゲーマー…

とはいえ、プロテニスプレーヤーは言うけどプロテニサーとは言いません。
テニスは名詞ですからね。テニスをするという動詞はplayで表します。だからテニスプレーヤーなわけです。テニサーはテニスサークルの略って感じがします。

「ん?ちょっと待てよ!プロゴルファーはどうなんだ!ゴルフは名詞じゃないのか!?」と思った方、調べたところgolf1語で「ゴルフをする」と動詞の意味もあったことをここでご報告させていただきます。

じゃぁ、プロバイオリニストは…?
バイオリンは名詞だから-istということなのでしょうか。

考えてみるとartも芸術という意味の名詞です。だから芸術家と人を表すのはartistなんでしょう。arterはしっくりきません。

pantomimerもこれと同じような違和感を英語圏の人は感じるのかもしれません。

今度は別の角度から検証します。

電子辞書でパントマイマーが載ってるか調べた結果

さて、それでも信じられないという方のためにここで決定的な証拠をお見せします。

次の3つの単語のうち、辞書に載っている単語はどれでしょう?

  • Pantomimer
  • Pantomime artist
  • Pantomimist

答えを察した方は、次まで飛んじゃってください。


電子辞書を6冊、所有しているので、以下の4つの辞典で調べた結果をお伝えします。

  • ジーニアス英和・和英辞典
  • ウィズダム英和・和英辞典
  • オーレックス英和・和英辞典
  • ランダムハウス英和大辞典

Pantomimer

まず、pantomimerと検索しました。完全一致で検索したにも関わらず“pantomime“ばかりが浮上します。

pantomimimerと電子辞書で調べた結果

pantomimerと-erのついた結果はでてきません。

Pantomime artist

続いてpantomime artistで検索します。

pantomime artistと辞書で調べた結果
左がオーレックス、右がランダムハウスの結果

ジーニアスを除く3つの英和辞書でちゃんとでてきました。

Pantomimist

今度はpantomimistで検索します。

pantomimistと電子辞書で調べた結果

しっかりでてきました。

ここでランダムハウスのpantomimistの項目に興味深い記述がありました。

ランダムハウスのpantomimistの結果

この項目によるとpantomimeという単語1語で「pantomimeをする人」を表すというのです。

「んなバカな。いや待て、ランダムハウスは1993年発行だ。他の辞書で調べてみよう。」

とウィズダムとジーニアスでpantomimeと引きます。

ウィズダムとジーニアスのpantomimeの項目

無言劇役者と確かにありますが、その前に(古代ローマの)とカッコで限定されています。このカッコ書きの意味はちょっとよくわかりません。

ですが、辞書を調べて次の2点がわかりました。

  • pantomimerはどの辞書にも載っていない
  • pantomimistはどの辞書にもちゃんと載っていた

パントマイムのプロはどう名乗ってるのか?

ここまで、みてきて英語的にpantomimerは誤用であることがわかりました。しかし、パントマイマーという表現が一般的だと信じていた方にとっては、この事実は受け入れがたいでしょう。ぼくもです。

ほんなら、次にプロはどのような表現で自称しているのか検証してみましょう。 Wikipediaやパントマイム協会、それぞれの個人サイトをみてみます。

Wikipediaの結果

まずは誰でも編集することができるwikipediaをみてみます。

パントマイムの項目の下の方にプロの一覧があります。 ここにはパントマイミストという見出しで並べてありました。

それぞれの個人名を6つ抜粋します。(敬称略お許しを)

  • マルセル・マルソー 
    • パントマイムアーティスト
  • KAMIYAMA
    • パントマイミスト(パントマイマー)
  • マルセ太郎
    • パントマイム芸人
  • ヨネヤマママコ
    • パントマイマー
  • ハッピィ吉沢
    • パントマイミスト
  • 加納真実
    • パントマイムアーティスト

なかなか統一感のない結果となりました(笑)まぁ、Wikipediaは誰でも書き直せますから参考にならなかったかもしれません。。

パントマイム協会の方々

現状、パントマイミストの一覧として一番量が多いパントマイム協会のサイトから検証します。

役員

重鎮ぞろいでほとんどがパントマイムのみで生活していると思われる方々をみてみます。

おそらくみなさん自分で自己紹介文を書いてると思いますが、パントマイムという語で記事内検索すると「パントマイムに出会う」とか「パントマイムを軸に」「パントマイムをベースに…」がおおかったです。そんな中、意外にも自身のことをパントマイミストと表記している役員は1人もいませんでした。

一般会員

今度は一般会員の方々をみてみます。まずパントマイミストで記事内検索すると1人だけ自分自身のことをパントマイミストと自称する方がいらっしゃいました。あとは「パントマイミストの誰々に師事」のように自分以外の人を表す語としてパントマイミストと使っている方が見受けられました。

続いてパントマイマーで記事内検索してみます。
すると自身をパントマイマーと表記している方が2名いらっしゃいました。

こうなってくると彼らに「パントマイマー」という語を使ってる理由を聞いてみたくなってきます。
ただ単に英語的に間違いであることを知らないのか、間違いであることは知りつつも人に紹介する際にパントマイマーの方がイメージしやすいから使っているのか…

各個人サイトから検証

だんだん自分でも飽きてきましたw

ヘブンアーティストのパントマイム部門から個人のサイトをみてみます。

結論だけ言うと以下の3つに集約されていました。

  • (パント)マイムアーティスト
  • マイム芸人/マイム俳優/マイム役者
  • パフォーマー

このうち、女性は(パント)マイムアーティストが多く、男性は芸人、役者、パフォーマーが多かったです。

Twitter上の意見

パントマイマーという言葉をなんの抵抗もなく使ってるプロもいればいいむろさんのようにパントマイマーという表現を問題視する姿勢の方もいらっしゃいました。




またTwitter上ではパントマイミストと自称する方も散見されました。

パントマイマー VS パントマイミスト

長々と調べてきて、次の2つがわかりました。

  • パントマイマーは英語的には間違い
  • とはいえ自身のことをパントマイミストと表現している人は少数派

パントマイマーと自称する人が少ない理由はなんとなく想像つきます。英語的に間違ってるという事実を無視できないからですね。

では、逆にパントマイミストと自称する人も少ない理由はなんなのでしょうか。

パントマイミストと自称する人はなぜ少ないのか

これは「パントマイミストという語がマイナーすぎるから」と考えられます。

ただでさえ、一般的でないパントマイムですからそこらへんの人に「パントマイミスト」と言ったところでキョトンとされるのは目に見えています。「パンと…舞いミスト?ミストっていうくらいだから化粧水かなにかの類いかな?」こう思われても仕方がないほど、パントマイミストという言葉は市民権を得ていない気がします。

パントマイミストの知名度の無さを検証

今度はプロじゃなく、一般の人がパントマイムをやる人のことをどう呼んでるのかを調べてみます。Googleの検索と日本語入力システムの2点から検証します。

Googleの結果

試しにGoogleで完全一致検索をしてみます。すると、
“パントマイマー”は817,000
“パントマイミスト”は78100
という検索数がでてきました。

検索するたびにこの数字は若干変わりますが、以下の公式は変わりません。

“パントマイマー” > ”パントマイミスト”

このことからもわかるようにパントマイミストよりもパントマイマーの方が一般的です。

日本語入力システムの結果

iPhoneでパントマイミストと打ち込んでみます。

すると第一候補は”パンと舞美スト”とか”パンと舞ミスト”です。(ちなみに一度パントマイミストってカタカナで打ち込んだ人のiPhoneにはしっかり第一候補にパントマイミストってでますよ)

2020年10月の結果、少し賢くなってますね

いかに日本人一億人から打ち込まれてないのかがわかります。(余談ですが、平成31年4月に新元号が令和と発表された数時間後に”れいわ”と打ち込むと”令和”と変換されるようになったのは記憶に新しいですね)

パントマイミストという語が一般的じゃないという事実は日本語入力システムからもGoogle検索総数からも明らかです。

パントマイミストという語は市民権を得られるか?

そもそも「パントマイミスト」という言葉を使う層はパントマイムをやっている人間のみのような気がします。「パントマイミスト」という語は一般の人から「なに言ってるの?この人?」と思われる業界用語、あるいは専門用語の1つと認識しておくべきなのかもしれませんね。「固定点」と同じように…

また、パントマイム関連の媒体や公演ならともかくパントマイムなんて全く関わったことのない人に対しても「パントマイミスト」という語を使ってる方は不親切じゃないかとさえ感じます。おそらくイメージの伝わらない言葉を使っているのですから。

パントマイム協会の役員が「パントマイミスト」と使ってない以上、この先パントマイミストという言葉は流通しないでしょう。「パントマイミスト」というタイトルの映画が流行ったり「パントマイミスト」が流行語大賞にでもならない限り…
これは学校教育でパントマイミストという語がないからでもあり、パントマイムの人たちがパントマイミストという言葉を使ってこなかったからでもあり、何より日本人にとってパントマイムというジャンルが極めてマイナーだからでもあります。

ヨガやピラティスみたくパントマイムが習い事としてブームになるようなことは考えにくいですし、これからもパントマイムはマイナーなジャンルでありつづけるでしょう。残念ながら・・・

一部のパントマイミストの間では
パントマイムをやる人=パントマイミスト
パントマイムをやる人≠パントマイマーですが、

一般の方々がイメージするのは
パントマイムをやる人≠パントマイミスト
パントマイムをやる人=パントマイマーです。

ここでぼくからのご提案

ここからはぼくの極めて個人的な意見です。ぼくは次のように考えています。

『パントマイムをやる人たちの肩書を統一する必要は一切ありませんが、パントマイマーという表記は和製英語としてこれから使っていってもいいのではないだろうか』

「いやいや、ここまできて結局使うんかい」というツッコミが聞こえてきそうです。えぇ、そうです。パントマイマーという語、使います。この記事は、間違いとはわかっていてもパントマイマーという語を使いたいがために書いた8000字超えの言い訳記事だったんです。

そもそもパントマイマーって表記はそんなに悪かい?

日本に住んでいて日本語を話す我々にとって誤用だろうがなんだろうが、パントマイミストよりパントマイマーの方が伝わります。であるなら、パントマイマーとカタカナで表記するぶんには使ってもよいのではないでしょうか?これからは和製英語として積極的に使っていきません?

いやぁー、やっと言いたかったことが言えました。長かったー。でも、これがこの記事で主張したことのすべてです。

なぜ和製英語を使ってはいけないのか

和製英語だから使ってはいけないなんてルールはありませんし、みなさんメガネとかコップとかサラリーマンとかノートパソコンとかコンセントとかアルバイトとかベテラン使いません?実はこれ和製英語なんで英語では通じないっすよ。(ちなみにveteranは退役軍人という意味です)

でも、日本で生活する以上は和製英語を使って困ることはまずないでしょう。困るのは英語を喋ってる際に和製英語と知らずにpantomimerと使って通じなかった時だけです。

ということは英語を使って自分を紹介するような機会がない人にとっちゃパントマイマーだろうがパントマイミストだろうがどっちでもいいわけです。


例えば、NHKの英語番組みたいなシチュエーションを想像してみます。


学生であるあなたはパントマイムをやっていて、彼女がいるとします。ある時、外国人が遊びにきます。彼女と外国人は2人、おしゃれなカフェで英語で談笑してるとしましょうよ。
そこですかさずあなたが登場するようなシーンです。

Hi.Nice to meet you. My name is Taro.

すかさず彼女があなたのことを紹介します。

He is a pantomimer.

ところが外国人はキョトンとしています。

そんなとき、あなたがI’m pantomimist.と名乗りでて、彼女に「実はパントマイマーってのは和製英語で伝わらないんだ。」なんて知識を我が物顔で披露します。

「すごぉーい!太郎くんいつもパントマイマーって名乗ってるのに、英語じゃ伝わらないってわかってて使ってたんだね。かっこいぃー」

たちまち彼女の目はハートであふれ、愛が燃え上がるはず…ねぇよ笑。



失礼しました。ただの妄想でした。

で・も・さ
英語を使う際にだけ気をつければ、よくね?

ぼくは大道芸終わりに英語でしゃべることが週3回くらいあります。海外の人と英語で話すこのときだけはパントマイマーと使わないよう意識しながら話しています。といってもpantomimistなんて言葉を使うことはまずないです。準備中にぼくのことを気になった人たちがAre you magician?とかdo some magic trick?と聞いてくるときにI am pantomimist.なんて言葉は使わず、Not magic just pantomime.みたいな感じで話します。そこで伝わらなければ壁を実演してみせたりする感じです。pantomimistなんて使いません。

もはやこの流れは抗えないんじゃないか

パントマイマーで検索すればわかりますが、新聞でさえパントマイマーと表記しています。もはや和製英語として使われ始めていると言っても過言ではないわけで、パントマイマーという表記はこの先もずっと使われ続けるでしょう。

うちの師匠、山本光洋でさえ「孤高のパントマイマー」だったりするんですもの。

だったらそんなに意固地にならずに、使いたい人はパントマイマーって使っていけばいいじゃないというのがぼくの意見です。

これでもなお「いや、パントマイマーは間違った使い方だからパントマイミストと名乗るべきだ」と声高に主張する方々にお伺いしたいのですが、「そもそもパントマイマーが誤用という情報はどこで知ったのでしょうか?

もしパントマイマーは英語的に誤用でパントマイミストが正しいということの情報源がぼくと同じように冒頭のサイトだったり、あるいはパントマイミストから指摘されて気づいたのであれば、一般の人が劇場に足を運んでパントマイムを堪能するということが広く流通することはないでしょう。なぜなら、冒頭のサイトが情報源ならサイトを訪れたことのある人だけに通じる極めて内輪ウケ狙いの意見だからです。一般の人を無視した意見は一部の人にしか支持されません。件のサイトを訪れたことのない世の中の99%との間に大きな乖離があるという当たり前の事実から目を背けてませんか。あるいはパントマイミストという語を一般の人が使っていないということを無視していませんか。

言葉は相手にイメージを伝えるために使うものです。相手がイメージするのことが難しそうなマイナーな言葉をあえて選ぶのはいじわるっていうんですぜ、旦那。

こんなこと偉そうなこと言いながらもぼくの肩書は”パントマイム系大道芸人”に落ち着きましたけどね。(パントマイマーやないんかい)

パントマイマーが誤用でありながら使われることよりもピエロがクラウンと訳されることにぼくは抗いたいです。パントマイマーはパントマイミストが恥を被れば良いだけの話しですが、ピエロクラウン問題は2つの言葉の意味が違ってきますから。

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ほんじゃーねー。