パントマイムは、『表現』なので正解がありません。逆に言うと不正解がないということです。それは言い換えると成功と失敗が存在しないということでもあります。この点が大道芸の他のジャンル(マジック、アクロバット、ジャグリングなど)と大きく違うところです。成功も失敗もないならいったい何を基準に上達を目指せばよいのでしょうか。
表現していることが伝わるか伝わらないか基準
「ストーリーを追う」という点から考えると、舞台上でパントマイムやってる人が両手広げたら、観てる人には「壁があるのね、そんで?」と見えない壁に遭遇したという出来事は間違いなく伝わります。
先日、ぼくのマイム仲間がソロ公演をやった際に「壁」をやってたんですけど、公演後に師匠に「固定点ブレとるやないけ」と唖然とさせてました。
ソロ公演でやった壁が下手すぎて師匠がショックを受け、今日のマイムクラスでみんなで壁を練習するなど(ほんますんまへん、ぶっちゃけ苦手)
— 稲垣郁 (@1719inaiku) October 28, 2019
別にこれ、パントマイム表現に疎い一般の人であろうと、壁を表現してることが理解できなかった人は1人もいなかったはずです。壁を表現している手(固定点)がブレていたからといってストーリーを見失う人はゼロだったと思います。
そう考えると、表現していることが「伝わるか伝わらないか」という基準はパントマイムにおいてはハードルの低い基準であると言えそうです。両手を広げてペタペタすりゃぁ、たいてい壁ってことは伝わりますから。
そのさらに上のレベルの基準
しかし、これが「伝わるか伝わらないか基準」ではなく「余計な拙さ(つたなさ)が気になるか気にならないか基準」になってくるとトタンに難しくなります。また、さらに「観ている人を惹きつけるか惹きつけないか基準」になるとベラボーに難しくなってくるのがパントマイムの奥深いところです。
余計な拙さ(つたなさ)が気になるかならないか基準
これ↑、言い方かなり迷いました。
「受け入れられるか受け入れられないか基準」
「気になるクセがあるかないか基準」などなど。
でも、前者は観客の主観が大きいので却下。後者はクセを魅力に変えてる人もいたのでボツに。
他人の表現を観ているとわかると思いますが「表現しようとしてることがなんなのかはわかるが、身体の変なクセが気になって気になってそっちに気を取られて受け入れられなかった」ということもあるわけです。「余計な拙さが気になるかならないか基準」というのは「ストーリーがすんなりわかるかどうか」という基準です。変なクセや余計な部分、おかしな仕草が気になって全然やってることが頭に入ってこなかったという観客をゼロにできるかといううまさが加わってきます。
また、これは「固定点がしっかりできているかできていないかという基準」と言い換えることもできそうです。先ほどの例で言うと師匠は「固定点が気になった」という感想を持ちました。「作品」ではなく「パントマイムの技術」に対してマイナスの感想をもったということは、作品に対しての感想を持つ以前の話しです。気になる技術があったという感想は、ストーリーがすんなり入ってこなかったと同義です。逆に言うと例えば「あそこで壁が迫ってくることにハラハラした」という感想があったとすれば、それは技術で気になる点はなかったということの裏返しでもあるわけです。
観ている人を惹きつけるか惹きつけないか基準
自分のレベルが上がればあがるだけ、「うわ、この人壁うめぇぇぇ」っていうモンスターはたくさんいます。
上を見上げればキリがありませんが、壁だけで5分見ちゃったっていうマイマーはたしかに存在します。
いっぽうで30秒で飽きて「もういいよ」って見捨てられる人もいます。
まぁ、この差はここでは書きませんので、気になる人は独学ではなくパントマイムを尊敬する人に習いましょう。都内のパントマイム教室をまとめましたので、こちらもご覧ください。
まとめ
上を目指すなら技術以上のことを。身内を喜ばせたいならまずは技術をしっかり磨きましょう。
身内なら多少固定点がブレていようが多めに見てくれますし、やっていることが伝われば◎です。
そうでないのなら目標は高く、壁だけで5分間他人を惹きつけられる強さを求めましょう。