役者になりたかったぼくが大道芸に行き着いた3つの理由

役者になりたかったぼくが大道芸に行き着いた3つの理由

俳優っていう職業は華やかですよね。ぼくは昔映画に出るような俳優を目指していました。 しかし、だんだんと「注目をあびる存在にはなれないし、なりたいとも思ってないのかもしれない」という気持ちに変わってきます。

そして、大道芸というフィールドを選ぶことになるのですが、ここではぼくが「舞台や映画よりも路上を選んだ理由」について掘り下げていきます。

舞台よりも路上を選んだ3つの理由

舞台や映像の場よりも路上がいいなと思えた理由。それは以下の3点です。

  1. 実力があれば知名度は必要ない
  2. あわない人は笑わずただ去りゆくのみ
  3. 気軽に演技できる場を無数につくりだせる

路上で人を集められれば知名度は関係ない

大道芸の世界は芸能界とかと違って知名度が全く関係ない世界です(異論もあるでしょうが)。路上には常にはじめましての人たちがあふれてるし、どこまでいっても無名のままでいられる。そのことがぼくには魅力的でした。

これは10年ほど前の記憶で曖昧なんですが、串田和美氏が次のようにおっしゃってたんです。

「一度人気がでちゃうと人々はその個人名や団体名に対してではなく、その人気に対して次を期待して観にくる。それが嫌になって知名度のない海外で勝負した。背負うものがなくなって楽になったよ。無名であることは大切なことだね」

―串田和美

MEMO

串田和美氏を存じあげない方のために軽く説明しますと昔、笹野高史さんや小日向文世さんがいた劇団のボスです。

かなり曖昧な記憶なんですがこのようにおっしゃられいて、当時のぼくは衝撃を受けました。今まではひたすら有名になるための1本道をかけ上がってくことが役者、俳優という職業にありつける唯一の道だと信じて疑わなかったので、この発想はその後のぼくの人生を大きく変えました。

そして、いつまでも無名のままでいられる大道芸が心地よくなってきたのです。

あわない人とは前向きにお別れできる。 ハマると喜んでくれる

大道芸やっててつくづく思いますが、全ての人に受け入れられるものなんてありません。大道芸はかなり不特定多数の人に向けて表現するものですが、やはり「あう・あわない」がハッキリとあります。

ぼくの場合、高校生〜25歳くらいの人には圧倒的に支持されません。その理由はシンプルに「ぼくの芸は彼らにとって自分でもできそうなこと」だからです。

自分がそうだったから思うのですが、この年齢(の特に男子)は「なんだよ、そんなの練習すれば俺だってできるよ」ということに対して特に感情が動きません。若いころはいつだって自分が主役なので、他人に対して価値を認められるようになるまで時間がかかるのです。

もちろん歳をとっても他人の価値を認められない方はいらっしゃいますし、逆に若くてもぼくの芸をおもしろがってくれる人も当然います。

ここで言いたいのは「自分の芸にあわない人も世の中には大勢いる」ということです。

このことは「全ての人が楽しめる芸を!」と意気込んでいた若い頃は認めたくない事実でしたが、30を超えてようやく受け入れられるようになってきました。

大道芸はダメならその場で帰られるというすげぇシビアな世界です。やりはじめた頃は「途中で帰られるってなんて厳しい世界なんだろう」って思ってました。

けどだんだん「ぼくの芸風と合わなかったら何事もなかったかのようにお別れできちゃうこと」がとても気楽でいいなって思い始めたんです。無名のままぼくと出会ったお客さんは「なんの先入観もなく今ここにいてぼくのことをみてる」わけで、それってサイコーじゃね?って今は思ってます。

演技する場が無限にあり、観る側の負担も少ない

演技を観てもらいたい役者=俳優にとって実際に人前で演技をする経験というのは当然あればあるだけうまくなります。

役者をやりたかったときは”場”がなかったから演技を人に見てもらうこと自体のハードルが高かったんです。きっとそのハードルが高くて辞める人も多いと思うけど、路上という場を選んでからはそのハードルがぐっと下がったことも大道芸を続けてこれた理由の一つです。

「劇場借りて技術スタッフ雇って何日も稽古して、お客様にはあらかじめ指定した時間にこの場所まで来てください」っていうのはすべて手配したことがある者の立場として言わしてもらいますけど、やることが多すぎるんですよね。もっと気軽にもっと負担のないやり方で、と考えるぼくにとって路上はうってつけの“場”だったというわけです。

また、観ている側の負担もこんなに小さいものって他にないんじゃないでしょうか。別に払いたくなければそのまま払わないで去られますけど、強制力は何もない。たくさん笑ったけどそのまま帰っちゃうことは最初は悲しかったです。

でも、30分前までお互いなんのゆかりもない他人同士だったんだから払わない方が自然なんだって思うようになりました。払わないのが自然な中で「あんたの芸よかったよ」ってお金入れてくれる人が1人でもいるならそれは奇跡にも近いとても素敵なことだなぁって思います。額は一切指定しないから最高に笑ってて1円玉ばっかりみたいなことも多い。でもそれでいいんです。ぼくがやることで笑いが生まれたんだからそこに価値があるんです。

まぁ、そんなこんなで大道芸に行きつきました。場を探してる役者のみなさんは実力試しに路上という選択肢もありですよ!